名付け
私は変な名前を親から付けられた、という意識があまり自覚していないながらもずっとあって、そういった無自覚な意識からか、自分の名前をひらがなで書くことが多くなっていきました。
特に変な名前でもないとは思うのですが、漢字で書くと自意識過剰な人間だと人にアピールしているようで気恥ずかしいとも感じていることは確かだった。しかしなから最近ある行動をしたことでずいぶんと気が楽になった。そして父親に対するさげすみの感情も軽く感じた。
変わった漢字の組み合わせで付けられた、考えて名付けられたオリジナルな名前ではなく日本には同じ名前の人物が多いことが最近分かった。サーチエンジンでの検索でずいぶんいろいろなことに気づかされる。いまさらながらずっと無意識下で悩んでいたことが解決された気がした。
ただ単純に父親はいままでの人生の中で出会ったり、本を読んだりしたなかで印象的だった人物の名前を拝借してきたにすぎないようだ。子供時分の私には、父親自身が考えたオリジナルの名前を付けたという説明をしていたのに。
その説明自体もどこからかの借り物だったと推測できる。でもこうも推測できる、父親を信じるならば。日本には似た発想で、子供を名付けた父親が他にも偶然にもたくさんいる。