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「社会が悪い、親が悪い、という甘え」でしかない日記記事の投稿を意識的に行ってみる試み

社会が悪いというより社会の活力がどんどん弱くなっていく先細り社会の雰囲気が濃厚だからニートやひきこもりで悩む人たちが多く見られるのだと思うが、「人たち」といってもかつての社会と比べて人数が増えたり減ったりはしていないと私は考える。

いつの時代も日本人は情報の隠蔽工作や閉鎖的共同体が好きだ。私も共同体は好きだが私には所属する共同体が一つもないのが悩みだ。唯一、強制的に参加させられている家族という共同体の重力圏内から逃げるには、強い意志が必要だ。私にはそんな強い精神性もないから、別の共同体に積極参加して共同体維持に人生を尽くすしかない。

私という人間は、家族の歴史の隠蔽された消極的な汚点で落ちこぼれ者でしかないし、私も今のところは自己に自分自身の手によって、そうレッテル貼りをしなければならない。自虐的に自罰的に「家族のお荷物」というプラカードを自ら進んで首から下げなければならない。その家族形態以外に方法がないのが嫌で嫌で堪らなくどうしようもなく、微妙に逃げてきたので無駄に年齢を重ねた、何の対抗策も取らなかった人生の空白期間が無駄に長い間抜けに成り下がってしまった。その経験からありとあらゆる共同体に恐怖心が強くある。

私は共同体には属せない。無理だ。絶対に努力でどうこうできるレベル値を値的に軽快に誤差の範囲を超えて目盛りの針が振り切れてしまっている。そして、空白期間なりに経験から私に必要なのは自立心と諦めない信念だと思うに到った(このブログを私が私の間抜けさ加減や無能力さを晒して長々続けているのも絶対に諦めないし投げ出さない、と決めているからだ)。引っ越して、先祖代々の負の重力圏とは別の共同体へ移行しなければ、私は死人のままだ。自殺なんかわざわざ行わなくても私は死んでいる。厳密には社会的には死後何年も経っている(自殺という語彙を選択してしまったが、自殺というよりも「自害」とここでいう「死人」とは別問題の可能性もあるが)。

話の本筋がどんどん逸れていつも通りの自己語りモードになってしまった。話を書き始めの句点までの距離が無駄に長い一文の、前者の方の説明に話を戻します。

このブログでは、「社会が悪い」という青臭い言葉は口が裂ける拷問を受けても口にはしないフレーズリストの第一位ではないかもしれないが、確実にリストアップはされているVIPであることは確かだ(と思う。というのは無意識的に行っているからだ。)。また話が逸れたが、社会に活力がないという観点から「社会が悪い」と私は主張する。

こちらでも書いたように、アメリカで発祥したジャズの歴史や通貨危機後の韓国のように、若者が活気ずく社会(言い換えれば混乱の世や開発余地を新発見した未整備の社会構造ということにもなろうが、またそれは別問題なので省く)にならなければ駄目だと私は考えるが、「社会が悪い」社会問題は放って投げ捨て置いても自然とそういた社会に移行するだろうと私は思っている。私の置かれた状況もそうであって欲しいという希望も込めて、この記事を投稿送信致します。

村八分の末にブログ島へ流刑の身分にある、わたくしこと「ひきこもり日記hikki_woods」よりお届けしました。連日暑い日が続きますね。日没以後も一晩中に亘って、日照時と同じように地続き的にそのまま相変わらず暑いですね。こちら流刑地でも、気温や気候は皆様と全く変わらない住環境や土地柄や緯度なのです。それでは今日の発信分はこの辺りで終わります。では、また明日。

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