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文字文化について

部屋の外の世界が滅んでしまったように感じる。私だけ無人島に取り残されているかのような感じがする。実質は、流刑の身と感じる。自らの手による流刑だ。車が無ければ社会生活が難しい田舎に住んでいる理由からそう感じもする。

世界は滅んでいく一方でもう歯止めが利かない。本は目的があって読むもので、無目的にや向上心の為には読まれない時代へ移行が完全に完了しているように感じる。曖昧な文字は不必要だ。使えない文字は読まれなくていい。無慈悲にも滅んでいっていいのだ。使われない道具はもう捨てられても誰も文句は言わない。もう道具の存在感が失われているのだから。片隅で埃を被って人々の視界に入っていないから。

事務的でなく、ジャーナリズム的でもない文字は読まれなく、文字ではなく人間関係が純粋に価値のある社会だ。それが正しい。

それも多分に嘘が含まれている。何らかの影響力か権威を持つ人物のみが、失われた歴史の特定の人物にスポットライトを明確に当て、取り戻すことができる権利が独占されている時代だと感じる。言い換えれば、誰もが流行には逆らえないことが、共通認識の議論の上ではっきりと決着している社会だ。それ以外の力も権威もない人は、どうその事態に対処や対抗すべきか?

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