寺崎文勝と近代社会とについて
経済大国となった現代の日本では、働かない子供の面倒を見ることは以前ほど難しいものではなくなっている。文字通り“食うために”働くという必然性が薄れてしまったのである。つまり、心理学者マズローの欲求段階説における低次欲求がすでに満たされている状態で、豊かな若者は、より高次な欲求をワークモチベーションとして“見つけ”なければならなくなっているのだ。増殖する「仮面ニート族」への対処法 - 寺崎文勝
またイメージから脳内妄想を主張する権力者の登場だ。上記で「心理学者マズローの言うとおりで!」と、マズローと寺崎文勝の論理が一致しているかごとく、印象操作を寺崎文勝さんはしている。
「経済大国となった現代の日本」は論理展開に無駄な装飾文だ。後進国は資源が豊かなので社会を発展させる必要がなかったから、自発的に働いてこなかった。即ち西欧型の「近代社会」を拒絶しているのだ。文字通り“食うために”働くのではなく、文字通り“食うことだけは困らない”。
後進国では、国民総生産の勘定から外れてしまうが食料だけには困らない。困っているのは、「学校教育」と「医療」だ。
それでは、経済大国となった現代の日本で働く理由とは何なのか?近代社会を保持する為に決っている。決して、寺崎文勝さんの生活スタイルのように食料をあほほど、給料目一杯全力買いする為に働くのではない。寺崎文勝の上記の文脈に乗せるとすれば、上下水道や電気が日本人が自発的に働く理由だ。家族の社会的ステータス維持と社会の近代システム維持の為に、経済大国となった現代の日本人は社会全体の役割を分担し合っている。
寺崎文勝が書いたこの文章全体は、論理の前提からして間違っているから読ませる価値が全くない文章だ。寺崎文勝が書いたこの文章全体は、寺崎文勝の脳内妄想に過ぎない。