資本主義社会に馴染むことができない。
なんせ閉じ篭っているのでストレスが過剰に鬱積するので、お酒でも買って楽しみたいのだが、物品をお金を払って買うという行為が野蛮な習慣に思えるほどに引きこもっているので、買うということが出来ない。とはいっても、所持金が減って行く一方なので、娯楽に費やせる余裕がないのも確かだが、資本主義の物品を消費させる構造の意味が分からないから、何も買うことが出来ない。
サービスは私でも買っている。そうしないと、現在のブログ運営も立ち行かないし、インターネットだって出来なくなる。だが、物品を買うとなれば、話は別だ。私は例え話をするのが、絶対的に嫌悪感がある。例え話で、論点がぼやけたり、逸れたりしている言説を見たり聞いたりした経験が多いからだ。言わば、トラウマになっている。だが、あえて例え話をすると、例えば、食品アレルギー。
特定の食品にアレルギー症状を示し生活が困難な人物がいるとする。その食品を無自覚に使っている、食品加工会社や外食産業に、表現できない憎しみを持っているのだろう。むしろ、倒産しろ!と念じながら日常生活を送っているのかもしれない。自動車に対して甚大なトラウマを被った人物がいて、自家用車を所持することや、自動車を見にさせられるのも憎憎しいと、日々念じている人がいるとする。単純に、納豆を人生一度食べたきりで、二度と口にしないまま、人生を終えた日本人がいるとする。その人物には、納豆会社が人間社会に貢献しているとは、まったく考えを及ぼすことができないであろう。
私は、消費社会が憎い。何故に、商品を買え!と脅迫されて生きなければならないのだろうか?もしくは、観念的な欲望を扇情させられなければならないのか?私は何も欲しくないのに!
資本主義社会に馴染むことができない。