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いくらでも底板をぶち破ることが可能だ

疲れた。複雑な事情が絡みすぎている。もしくは、単純な物事を複雑に考えすぎているだけなのかもしれないが、もうそうも単純な状況とは言えないと、確信してそう言える。時期を待つしかない。

辛い気持ちでブログに向き合えばいいのか、愛だけをブログで語ればいいのか、憎しみだけをブログで語ればいいのか、投げやりかつ時間を膨大に当ててブログと向き合えばいいのか、分からない。どうとでも書ける。ただ、他者に与える表面的な印象は大幅に変わる可能性があるが、アクセス数が増減するなどの効果はないであろう。

とはいっても、他人にどう見られるかなんか取るに足らない案件だ。見せたい自分を演出するためにブログを書いている、と考えている、言わば、「編集」というキーワードで世の中の仕組みを解いて見せ、他者よりスマートで在りたがる人物に、私は組しない側のブロガーだ。そんな枠組みはもう超えてしまっている。食み出し、超過してしまっている。誰か私をブログから卒業させてくれよ!と他力本願してみる。

とにかく疲れた。外出が気軽にできない。まず、着る物がない。外出着を買いに外出しなければならない。ネットを介しての通販なんかではなく、それよりも安い価格で済ませる為にそうすべきだ。何度も書いたが、ひきこもりが外出してもただのニートだ。今日はその意味を簡単には説明できないが、とにかく、気軽に外出ができない。自分を閉じ込めておくしかない。が、太陽の光を浴びないと、生体生理的なバランスが崩れてしまう。

ずっとパソコンのモニタを凝視しているせいか、車酔い的なデジタル酔いに悩まされ続けている。一向に良くなる気配がない。デジタル酔いというよりも、液晶画面が眩しかったり、ウインドウをカチカチ何度も何度も切り替えるので、明暗の落差が視神経にダメージを与え続けているのかもしれない。

今の時期は、風が吹いていないせいでか、外界の音がクリアに聞こえ怒りが湧いてくる。その対策措置から、イヤフォンを手放せない。イヤフォンで音楽を大音量でかけている。耳の老化も心配だ。

人間にもずっと会っていないし、目視してもいない。世界とはそんなもんだと思い込んでいる。他人と気軽に会話するような世界ではないと思い込んでいる。

それに私の会話技術も不味いだろう。ここに書いているような、回りくどく、要領を得ない語り手でしかない。即ち、直接的な表現が失われていて、周辺の瑣末な出来事しか語れない。その私の性質が、単純な物事を複雑にしているのだろう。

だが、私はネット右翼でも、ネット左翼でもない。ネット左翼的な言説を弄ぶ人物をよく思わない、ただの生活者だ。問題は、その生活が破綻しているということ。そして、人生の底を見ようと思えば、いくらでも底板をぶち破ることが可能だ、ということだ。

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