生き地獄
ブログが書けなくなった。インターネットで知った、私が独自に知っている情報を小出しにすれば、それこそがブログエントリーの1ページなのかもしれないが、ぐだぐだな物語化されていない内面の未分化の言語をやっとの思いで、以前はその内面を声にできていたが、もう声にすることができないでいるということだ。
疲れた。こう書くとき、この疲れにも種類があったのだ。今は何の種類も無い疲れだ。とにかく、疲れた。秋だ。もう季節は秋だ。空気の匂いも気配も秋を確実に感じているが、今現在汗をかいている。夏の空気ではないのが救いだ。夏のこの時間帯に汗が引かないことこそ、耐えられない。耐えられなかった。だが、夏は過ぎて行こうとしている。夏は好きではない。
夏は好きではない。この現在の住所に引っ越してきて、ろくなことがない。元々、夏にアレルギー性の皮膚炎が酷くなるのは酷くなる体質なのでが、いろいろ引っ越してきた住環境の中で、これほど文字通り肌に合わない環境は無かった。生き地獄だ。
ここで関係ない話で、話を拡散させてしまうが、生き地獄はあっても、地獄は存在しない。この世こそが、地獄だ。例えば、死んで閻魔大王に生前の人生の評価として地獄に送られたとして、どんな地獄が有り得るというのだろう?鬼に強制労働させられるような地獄だろうか?過酷な労働環境の鉱山などで?それとも鬼達の看守の下で、さまざまな拷問を受けるのだろうか?肉体的な痛みの感覚器官を極限まで刺激させられるのだろうか?精神的な外傷を受けるような、精神的な苦痛をビジュアル的に強制的に刺激するのだろうか?茶番だとしか思えない。何て質の悪い物語を構築しているのだと思わざるを得ない。地獄についての物語はすべて、生き地獄のそれにすぎない。三次元的なものだ。真に死後に世界が広がっているのならば、四次元の物語を生きることになると、私は思うのだが。
とにかく、私は現時点でもう時間の感覚を失っている。季節感は持っているのだが、人生は生きていない。ただ、陽が昇ってそして落ちていくだけだ。そして、深夜にブログを書く人生だ。深夜にのみ、やっと自分の時間を生きられるからだ。