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体質と嗜好からニートひきこもりを自己観察する試み。

文章を書くのが本当に億劫だ。もっと文字を手放して日記を書かない無職になりたい。とにかく、アスピリンを飲むようになって体の神経の強張りが取れ、生理的に人生が生きやすくなった。相変わらず頻尿だが、膀胱の緊張状態が緩和されている。トイレが近くても排尿困難的な軽い症状が取れた。完全に頭痛が消え去る訳では無いが、頭痛が起きたとたんに頭痛に伴う痛みが消える的な生きやすさが確かにある。痛みに伴う神経の緊張が発生と同時に消える感覚がある。神経の緊張に効くようだ。より正確には、緊張や痛みに対して発生する発熱が即座に解熱効果がある薬なのであろう。

だが、根本的に解熱剤なので、用法容量を服用時間はかなり余裕で守り、服用限度はきっちり守っても、連続で飲むと身体が冷えてびっくりした。どちらにしろ、私は虚弱体質なのだとアスピリンを試しに飲むようになって、身体で理解した。生育環境の悪さと別に、体質的にエネルギー漲る身体ではなく、一言で言い表すと、日常的に胃痛に悩まされている的な体質でかなり弱弱しいキャラクターであるのだろう。それをカヴァーして強くなろうと思えば、憎悪や偽悪やらで外皮を覆わなければならない。誰かの楽しみは誰かの不幸を呼ぶのだ。少し静かにしてくれと思うことが締め切った家の中に居ても多いし、「お前は見える光景を口に出さないと気が済まないのか?視神経と口が直結しているのか?」と思うことがこちらも締め切った家の中に居ても日常茶飯事だ。

タバコも自動販売機で一箱買ってみた。ハーブを喫煙することに興味があり、ハーブたばこからタバコ入門したのだが、ハーブたばこはタールが14mgもあるので、この試しに買った「キャスター・ワン」は煙が軽く感じたが、反対にハーブたばこには入っていないニコチンは存在感が大きく感じた。立て続けにノーマルなタバコを吸ったところ、お腹一杯にニコチンに対しての感覚を覚えた。人生の全ての行為はこのような食欲と共通するものかもしれない。お腹一杯になるから中毒にならなくて済み、程ほどに人生生きようと誰もが思うのだろう。限界を超えてしまう人が居るとして、だから見るからに肥満体の人類に共通する可視的なキャラクターになったりするのであろう。性欲や何やらを全て食欲一辺倒で解消させようとしているのであろう。肥満体でなくても拒食でも、食欲に執着状態という可視的な共通の人生に対する感覚というものがあるのであろう。

まだまだ10本程度のノーマルなたばこ、ニコチン経験しかないが、タール経験はハーブたばこで100本分在る。とにかく、このニコチンは知的活動能力が復活する効果があるだろう。食後や射精後などに眠くなった時は知的能力が喫煙することで回復するのだろう。仕事の合間にお酒を飲むことは出来ないので、この喫煙は社会的に有効な嗜好や仕事の合間の休憩方法であろう。

現在のような飲酒が出来ない状況でその代替としての喫煙嗜好がもっと人生の早い時期で身に付けば、完全無職人生のフリーターからの揺り戻しの目に遭わなくても済んだのかもしれない。喫煙することで、見紛うことなき自分独りの時間が持てるのではなかろうか?つまりは、喫煙は個人の体内にはっきりと作用や効用するということである。この場合自分の時間が持てるというのは、細かな外見的なスタイルによらないことを言っている。

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