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一世一代で成し得るのか?

疲れというより何もアウトプット出来ないタイプの疲労が溜まっている。人間の誰もが太陽と運動が必要なのに、私にはそれすら難易度が高い。眠れない。貧乏だ。貧乏と言えど、酒やタバコでどうにもならない日々を神経をすり減らしながら辛うじてやり過ごしている。夜が来ると安心し、明け方になると気が滅入る毎日。

毎日が眠れない。毎日が貧困だ。食べ物が買えない、風呂にも入れない、とは別の貧困ではあるが、これから先はどう文章を繋げてよいのかの判断を保留するが、日本人であるという日本人かつ底辺層であるという貧しさ。人は人の下に人を創り出す。私に何のチャンスが与えれれているというのだ?

算数数学は社会に出れば何の役にも立たない、という親や子を特に漫画の中で度々描かれているが、誰もそんなことを現実世界では本気では言い出さないだろう。無職の私にも数学的センスがあれば、もっと別の生活設計が再び描く助けに大いになるだろう。私はかつて学校教育で5段階評価で1から5までコンプリートした経験がある。体育や数学がそうだったのだろうが、今では詳細は思い出せない。

平均的な日本人にはチャンスが既に与えれている。私は平均以下の側に位置していることにやっと最近気づかされたようなものだ。私には何のチャンスも与えられていない。一人の個人が何かを成し遂げることは可能だろうか?私たちは先祖代々の人生の続きを請け負っている。その繋がりから外れた一個人が日本人の平均層でいられるはずがない。繋がりから外れるどころか、精神的不安定さを人的資産として代々受け継がされている負の連続の上に私の人生が乗っかっているとしか、生まれながらに感じていた。もしかしたらそれは思い込みなのかもしれなっかったが、今は確信している。

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