« クリエーター志望者すらにも成れなかった日記。 | メイン | 本当に、昔より稼ぎ易い時代なのか? »

フェティシズムではなく、自分の産み直し。

ブログを書こうかといういう気になれない。海外ドラマ『NUMBERS~天才数学者の事件ファイル』は日本で放送されている映像しか観ることができないが、このドラマは好きだ。ロストとプリズン・ブレイクの方は今は休止中だ。

なぜこの春から秋にかけてシーズン放送の間に休みの期間があるのか、アメリカのドラマは日本人には生活習慣の違いなのか理解できる余地が無い。このシーズン間の休み期間はイコール、アメリカ人が家にいない期間なのだろうか?日本のアニメは次から次へと入れ替わり立ち上がって来くるので、鑑賞側も忙しない気分になる。

ネットゲームに入れ込んでいるせいで、観たくも無い未視聴アニメをたくさん抱え込んでしまった。本当にアニメなんか観たくも無い。海外ドラマがもっと自由に観れる環境であるのならば、アニメなんか観ないだろう。だが、ネットゲーム三昧地獄であり時間の余裕が無い今も、未だ放送中の新作アニメを切り捨てることができないでいる。

私がアニメなんか観ても何の意味も無い。誰かとアニメについて語り合い親交を深めるタイプの人間でもないし、そもそも前提となる人間が私の周りに存在しない。ロストとプリズン・ブレイクはまた早く始まらないかな。

話を少し戻すと、とはいっても、全てのアメリカのドラマが日本のアニメより賢い訳は無い。例えばこの海外ドラマは糞だ、とタイトルを挙げたいところだが、がしかし、日本の糞みたいな一本調子金太郎飴『高校生活アニメ』より物語として遥かにましだ。とはいっても、、、ああああああ、まあ、面倒なのでこの辺で。

とにかく、言いたい点は、アニメは永遠の高校以下の学校生活を物語の舞台的に偏愛しているが、とにかく成長物語が私には永遠に好きになれない。そして、それが、私に目にはアニメ愛好家が高校生買春予備軍に思えてしかたない。Heroesのチアリーダーに萌える私も同じようなものかもしれないし、絶対的に違うものかもしれない。

だが、日本のアニメは成長物語とも青春物語とも別物の可能性が高い。成長物語や青春小説的物語ではなく、自分の産み直しがテーマなのだろう。自分のリアル高校生活を自分の今の文化的資金的豊かさの土壌をもって、新たに世界へと自分を再誕生させる為に物語世界を必要としているのだ。

スポンサード リンク

連絡先

  • blog@hikikomori.in
Powered by
Movable Type 4.261