『DEXTER』と『人間失格』と。
DEXTER Season3 第06話を今日観たばかりだ。精神的な余裕があれば、もっとデクスターについて長文を以って長々妄想を連ねたいのだが、私の持て得るリソースがそれを許さない。もっと考える時間が欲しい。もっと自分だけの時間が欲しい。
デクスターは、内向的人間を代表するキャラクターだと思っている。裏の顔がシリアルキラーなのは極論すぎるが、私たちのような内向的な人間は誰しも、シリアルキラーについて知りたがるし、生い立ちや性格に似たところがあるとシンパシーを感じるきらいがある。
だからといって、シリアルキラー予備軍でも有り得ない。ただ、社会から自分の存在が疎まれている感を強く持っている。社会から疎まれていると感じていても、だからといって、自分の意見を他人に自分から強く売り込むようなタイプではなく、明らかに存在感の薄いタイプ。
社会から疎まれている被害妄想が強く、その実、存在感が薄くなるように密やかに社会生活を送ることを心情としている。被害妄想ではなく、実は社会を疎んでいることの裏返しの感情を常に抱えている。そんな自分の抱える積年の不満は解消される気配が全く無いことから、自分は犯罪者予備軍だと自分で自分を思い込んでいる。
内向型人間は、自分独自の世界観を内面に大切に抱えて生きている。それが壊されないように、壊れやすいものを抱え込むように、弱々しく生きているが、自分の世界観が壊されるのを嫌うから、他人のそれの存在も同じく大事にしたいという態度から、弱々しい態度に他人から見える。
デクスターのことではなく、内向型人間の特徴を書き連ねたつもりだが、とにかく、デクスターは内向型人間の比喩のキャラクターで、私が中学生の時読んだから内容は全く覚えていないが、確か仮面を被って生きているだとか道化を演じて生きてます的な物語だった気がする太宰治の『人間失格』よりも、私はデクスターの方こそが全力買いできる。
『人間失格』も『DEXTER』と同じく極論だとは思っているが、ただの愚痴にすぎないのではないかと思う。